はじめに
2026年6月29日、EU理事会は、20年以上にわたり運用されてきた「ELV指令(使用済み自動車指令)」に代わる新たな「ELV規則(使用済み自動車規則)」を正式に採択しました。単なるリサイクル規制の強化と捉えることもできますが、それでは本質を見誤ります。
EUでは、年間約650万台の自動車が使用済みとなっています(欧州議会、2023年)。一方、電動モーターなどの部品に含まれる重要原材料は、シュレッダー処理後も十分に回収されず、依然として大量に失われています。欧州で電動化が進み、同時にこうした原材料への安定的なアクセスが課題となるなか、自動車が道路を走り終えた後にどう扱われるかは、もはや環境問題だけではなく、産業戦略上の重要なテーマとなっています。現在販売されているすべての電気自動車は、将来、鉄鋼、アルミニウム、プラスチック、バッテリー、レアアースを供給する資源にもなり得るのです。
今回の規則は、こうした変化に対応するものです。自動車の設計・製造から、修理、解体、再使用、リサイクル、さらにはデジタル情報までを一つの枠組みに統合し、ライフサイクル全体を通じてデータを引き継ぐ新たな仕組みとして「デジタルサーキュラリティビークルパスポート(Digital Circularity Vehicle Passport)」を導入します。
自動車メーカーはもちろん、EU域外からEU市場に製品を供給する企業にとっても、トレーサビリティや使用材料の透明性は、単に規制に対応するためのチェック項目ではなく、今後の事業運営に不可欠な中核能力になりつつあります。
本稿では、以下の4点について解説します。
- 規則によって何が変わり、誰が対象となるのか
- サーキュラリティ戦略、再生材の使用要件、車両パスポートなど、具体的にどのような対応が求められるのか
- 今後のスケジュールと、なぜ2032年という大きな節目を待たずにデータ対応を始める必要があるのか
- 自社の対応状況を確認するためのレディネス・チェックリスト
廃棄物規制から産業戦略へ
自動車はもはや、新しいモデルに買い替えられるまで人やモノを運ぶだけの製品ではありません。電動化が進む市場において、自動車は戦略的に重要な資源を長期間にわたって内包する「資源のストック」となっており、これらの資源を回収・再利用することが産業上の重要課題となっています。
問われているのは、使用済みとなった自動車を最後にリサイクルすることだけではありません。自動車に含まれる資源を可視化し、回収可能な状態に保ち、次世代の製品に再び活用できるようにすることが、これからの課題となります。

この規則は、自動車のバリューチェーンの大部分を対象としています。乗用車および小型商用バンには包括的な要件が適用される一方、大型商用車、二輪車、特殊用途車両には、より限定的な義務が課されます(CDX、2026年)。主たる責任を負うのは自動車メーカーですが、その影響はティアサプライヤー、解体事業者、リサイクラーにも及びます。これは、必要なデータと実際の部品・材料を、これらすべての事業者間で連携・移管する必要があるためです。
また、この規則だけで対応が完結するわけではありません。本規則は、環境性能を定めるEuro 7、バッテリーおよびバッテリーパスポートに関するEUバッテリー規則、戦略的重要物資や永久磁石を対象とする重要原材料法(Critical Raw Materials Act)、さらに持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)と連動します。ESPRは、デジタルプロダクトパスポート(DPP)の横断的な枠組みを定めており、自動車やその部品もこの仕組みの対象となります。
規制はそれぞれ異なりますが、目指す方向は共通しています。それは、自動車のライフサイクル全体を通じて、製品データを相互運用可能な形でつなぐことです。これらの規制がどのようにつながり、サプライチェーンにどのような影響を与えるのかについては、本シリーズの第2回で詳しく解説しています。
規則が求める対応
今回の規則における最大の変化は、リサイクル目標の達成から、製品設計の段階から循環性を組み込むことへの転換です。その実現を支えるのが、データです。
特に重要となる義務は、以下のとおりです。
メーカーによるサーキュラリティ戦略。
規則の発効から36か月以内に、すべての自動車メーカーは、規則の要件をどのように満たすかを示すサーキュラリティ戦略を策定・公表し、その後5年ごとに更新する必要があります。この戦略は、サーキュラリティへの対応を使用済み段階の事業者に委ねるのではなく、製品企画・設計の段階から組み込むことを求めるものです。
重要原材料の回収強化
ここは、重要原材料法(Critical Raw Materials Act)と直接連動する部分です。メーカーには、電動駆動モーターなど重要原材料を含む部品について、シュレッダー処理前に取り外せるよう設計することが求められます。また欧州委員会には、永久磁石に使用されるレアアース、すなわちネオジム、ジスプロシウム、プラセオジム、テルビウム、サマリウムと、ホウ素について、最低再生材含有率の要件を設定する権限が与えられています(IEA、2026年)。重要なのは、こうした材料をシュレッダー処理の過程で失うのではなく、回収して再び利用できる状態にすることです。
再生材の使用が標準に
新車に使用するプラスチックについて、規則発効から6年以内に少なくとも15%を再生材由来とすることが求められ、10年以内にはその比率が25%まで引き上げられます。また、その一部には使用済み自動車由来の再生材を使用する必要があります。さらに、鉄鋼、アルミニウム、マグネシウム、永久磁石などの関連材料についても、再生材の使用量に関する申告が義務化されます。(Resourcify, 2026)
解体事業者向けの情報提供を強化
メーカーは、重要原材料を含む部品を特定し、高品質な資源回収を可能にするための技術文書を提供する必要があります。これにより、解体事業者は、車両の内部に何が使われ、どこに存在するのかを把握したうえで、適切に取り外せるようになります。
これらに共通するのは、単に「リサイクルする」という考え方ではありません。製品に何が含まれているのか、材料がどこに存在するのか、そして必要になったときにどのように回収できるのかを把握することです。これを可能にするのがデジタル・トレーサビリティであり、それこそが今回の規則の中心にデータ記録の仕組みが置かれている理由です。
デジタル・サーキュラリティ・ビークル・パスポート
今回の規則を特徴づける仕組みが、デジタル・サーキュラリティ・ビークル・パスポート(Digital Circularity Vehicle Passport:DCVP)です。規則の発効から72か月以内、すなわち2032年頃までに、EU市場に投入されるすべての新車にDCVPを付与することが求められる見込みです。(iPoint, 2026)
DCVPは、単なるコンプライアンス用のPDFでも、QRコードだけの仕組みでもありません。自動車のライフサイクル全体にわたる情報への中核的なアクセス・ポイントとして機能し、メーカー、修理事業者、解体事業者、リサイクラー、当局などが、部品や材料をより長く利用し続けるために必要なデータを提供します。
DCVPには、修理・解体に関する情報、再生材の使用に関する申告、適用される免除規定に基づく有害物質の情報、スペアパーツのカタログ、部品の取り外し・交換方法などの情報が記録されるか、関連情報へのリンクが提供されます。

この仕組みは、EUが進めるより大きな取り組みの一環でもあります。EUは、持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)を通じて、横断的なデジタルプロダクトパスポート(DPP)の枠組みを構築し、その上で、バッテリーや自動車などの製品分野ごとに、委任法令(delegated acts)によって個別の要件を追加しています。
複数のパスポートへの対応が求められる企業にとって、方向性は明確です。まず共通のデジタル基盤を一度構築し、各規制が導入されるたびに、その上へ製品固有のデータ項目を追加していくことです。実務上、DCVPは自動車のサーキュラリティを、単発的な報告業務から、継続的に更新・活用される情報システムへと変えていくものといえます。
EVバッテリーへの影響
バッテリーの観点から見ると、ここで今回の規則がバッテリーそのものに直接関係してきます。EVバッテリーは、自動車に搭載される資源のなかでも特に価値の高い資源のストックであり、本規則でもその重要性が考慮されています。バッテリー、バッテリーパック、電動駆動モーターは、車両をシュレッダー処理する前に取り外せるようにする必要があります。これにより、破砕によって資源を失うのではなく、再使用、セカンドライフ、リサイクルへと振り分けられるようにします(IEA, 2026)。
ここで、多くの企業が見落としがちなデータの引き継ぎが発生します。バッテリーに関する車両側の情報はDCVPに記録される一方、バッテリー側の情報は、2027年2月18日から義務化されるEUバッテリーパスポートに記録されます。
両者は、同じ物理的な資産を異なる側面から捉えるものです。そのため、両方のデータが整合している必要があります。メーカー、リサイクラー、セカンドライフ事業者などがこれらを別々のシステムとして構築すれば、作業が重複するだけでなく、最終的に両方の記録が一致しなくなる可能性があります。
同じことは、今回の規則と重要原材料法(Critical Raw Materials Act)の双方で対象となる磁石材料についても当てはまります。この点については、本シリーズの第3回「重要原材料法がバッテリーおよび永久磁石のサプライチェーンに求めること」で詳しく解説しています。
今後のスケジュール
今回の規則は、段階的に適用されます。各マイルストーンは、それぞれ独立した期限ではありません。測定・検証が可能で、実際の事業運営に組み込めるサーキュラリティの実現に向けて、各段階が積み重なっていきます。
| Date | Milestone |
|---|---|
| 29 June 2026 | Regulation formally adopted by the Council; enters into force shortly after publication in the Official Journal |
| 2027 | Commission feasibility assessments for recycled steel and aluminium |
| 2028 | Methodologies for calculating and verifying recycled content; implementing work on the DCVP |
| 2029 | Manufacturer circularity strategies become mandatory; extended producer responsibility obligations apply; technical information on batteries, e-drive motors, and critical-raw-material components becomes available |
| 2030 | Implementing acts for the DCVP expected |
| 2032 | DCVP mandatory; design-for-removal obligations apply to EV batteries, packs, and e-drive motors; recycled-plastic and recyclability requirements begin |
| 2033 | Minimum recycled-content obligations for steel and aluminium begin, subject to delegated acts |
2032年の期限から逆算すると、準備期間は見た目ほど長くありません。複数階層にわたるサプライヤーからデータを収集・検証し、データ交換の標準を合意し、DCVPを運用するためのシステムを構築するには時間がかかります。これらを最終年になって一気に整備することはできません。
サーキュラリティ戦略、サプライヤーからの情報収集、部品レベルのデータ整備は、2032年よりかなり前から進めておく必要があります。多くのメーカーにとって、それは2031年ではなく、2026年・2027年から着手することを意味します。
対応準備チェックリスト
以下の項目を自社の対応状況と照らし合わせて確認してみてください。「まだ対応できていない」または「分からない」という項目があれば、2031年までに対応すればよい課題ではなく、今のうちに解消すべきギャップとして捉える必要があります。
☐ サーキュラリティ戦略の責任者
メーカーのサーキュラリティ戦略と5年ごとの更新について責任を持つ担当者を明確にしているか。設計、調達、使用済み段階から必要な情報を集約できる体制も必要です。
☐ 部品レベルの材料データ
プラスチック、鉄鋼、アルミニウム、マグネシウム、永久磁石など、規則で対象となる材料について、組成や再生材含有率のデータを把握できているか。
☐ 取り外しを前提とした設計
バッテリー、バッテリーパック、電動駆動モーターをシュレッダー処理前に取り外せる設計になっているか。また、取り外しや交換の手順が文書化されているか。
☐ 複数階層のサプライヤーからのデータ収集
実際に材料を取り扱うサプライヤーから、検証済みのデータを収集できる仕組みがあるか。サプライヤーによる自己申告だけに依存していないか。
☐ 再生材含有率のトラッキング
規則で定められるプラスチックや金属の基準値が段階的に導入されるなかで、再生材の使用比率を算定し、その根拠を示せるか。
☐ DCVPのデータ構造
修理、解体、再生材含有率、有害物質、スペアパーツに関する情報を記録または関連付けることができ、自動車のライフサイクルを通じて更新できるデジタル記録を構築できているか。
☐ バッテリーパスポートとの整合
DCVPとEUバッテリーパスポートの双方に対応できる共通のデータ基盤を構築し、2つの記録が競合するのではなく、相互に整合するようになっているか。
各項目について、自社がどの段階にあるのかを確認したい場合は、お問い合わせください。
自動車を取り巻く規制環境
自動車メーカーが、ELV規則への対応だけを単独で進めているわけではありません。この規則は、同じ方向を目指す複数の規制の枠組みの中に位置づけられています。
| Regulation | Contribution |
|---|---|
| Critical Raw Materials Act | Traceability and recycled-content disclosures for permanent magnets and strategic raw materials |
| EU Battery Regulation | The Battery Passport, sustainability and due diligence obligations, and battery lifecycle data |
| ESPR | The horizontal Digital Product Passport framework and future product-specific ecodesign rules |
| Euro 7 | Environmental-performance information and digital vehicle-related data |
これらをそれぞれ独立したコンプライアンス対応プロジェクトとして進めれば、コストは膨らみ、相互に連携できないデータが生まれます。一方で、すべてを一つのサプライヤーデータの課題として捉えれば、共通の基盤を活用できます。
Circulariseの提供価値
今回の規則への対応でまず問われるのはサプライヤーデータであり、ラベリングはその次の課題です。Circulariseは、この一連のプロセスを一つのプラットフォームで支援し、3つのステップで構成しています。
- Collect(収集):当社のサプライヤーデータ収集機能では、複数階層にわたるサプライチェーンを対象に、構造化されたデータ収集を実施します。サプライチェーンの深部にあるサプライヤーから、材料、組成、再生材含有率などの情報を収集します。
- Trace(トレース):チェーン・オブ・カストディ(CoC)トレーサビリティ機能では、重要原材料をバッチ単位で追跡・記録し、今回の規則への対応に必要となる監査可能なエビデンスを生成します。
- Share(共有):デジタルプロダクトパスポートの公開機能では、DCVP、EUバッテリーパスポート、永久磁石に関する記録などを、同じデータ基盤から発行・共有できます。一つの検証済みデータセットを、複数の規制対応に活用できます。
これは、私たちにとって単なる理論上の話ではありません。EUの資金提供を受けたプロジェクトにも参画しており、その一つであるREEsilienceでは、欧州におけるレアアース磁石のより強靭で持続可能なサプライチェーンの構築に取り組んでいます。また、最近完了したレアアースのトレーサビリティに関するプロジェクトCSyARESを通じて、トレーサビリティが一次資源と二次資源の流れをどのようにつなぎ、サプライチェーンの各主体間のデータ交換を改善し、要求水準の高い用途における再生重要原材料の活用をどのように支えるのかを、実際に見てきました。

最後に
ELV規則は、自動車のサーキュラリティが環境面での義務にとどまらず、産業戦略へと移行する転換点となります。原材料の戦略的重要性が高まるなか、メーカーには、材料がどこから調達され、サプライチェーンの中でどのように移動し、車両のライフサイクル終了時にどのように回収できるのかを、実際に把握できる体制が求められます。サーキュラリティだけでは、これを実現することはできません。その基盤となるのは、信頼性が高く、相互運用可能で、信頼できる製品データです。
自動車業界は何十年にもわたり、グローバルなサプライチェーンを通じて車両や部品をいかに効率的に移動させるかを追求してきました。次に求められるのは、車両とともに移動する情報についても、同じレベルの仕組みを構築することです。DCVPの義務化は2032年からですが、その基盤となるデータ整備は今から始める必要があります。今の段階からこうした能力の構築に取り組む企業ほど、これからの規制、そして将来の市場において、より有利なポジションを確保できるでしょう。
自社がELV規則からどのような影響を受けるのか、またデータギャップを解消するには何が必要なのかを整理したい方は、ぜひお問い合わせください。

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