バッテリーパスポート、デューデリジェンス、そして自動車のサーキュラリティは、サプライチェーンに何を意味するのか?
現代のサプライチェーンを行き交うのは、もはや物理的な製品だけではありません。データもまた、サプライチェーンを行き交っています。
今日の地政学的な環境では、変動が常態となっています。関税は変わり、調達戦略は見直され、規制は進化し、市場はそれに反応します。
それでも、パンデミック以降、一貫して重要性を増してきた概念があります。それが「レジリエンス」です。そして、それには明確な理由があります。
自動車、バッテリー、クリーンテック、重要原材料、エネルギー、防衛といった分野では、産業基盤の強化、戦略的な依存度の低減、「Made in」製品のグローバル市場における競争力向上に向けて、数十億規模の資金が投入されています。新たな資金調達プログラム、産業政策、成長加速策はいずれも、同じ方向を示しています。長期的なレジリエンスを確保するために、トレーサビリティと検証可能なバリューチェーンが新たな経済上の優先事項になっているのです。
これは欧州のメーカーだけに関係する話ではありません。世界中のサプライチェーンに関わる企業にとっても、トレーサビリティ、コンプライアンス、市場アクセスに対する要求が高まるなか、重要なテーマとなっています。
こうした背景から、製品トレーサビリティは、サステナビリティに取り組む企業にとっての「あれば望ましい」オペレーション上の機能ではなくなりつつあります。市場へのアクセス、リスク管理、長期的な競争力を支える中核的なビジネス能力となり、さらにレジリエントなサプライチェーンを構築するための基盤となりつつあります。
EUでは、バッテリーや電気自動車から、建設資材、繊維、洗剤、玩具に至るまで、さまざまな製品分野で、ラベル、データキャリア、デジタルプロダクトパスポートの利用を義務付ける規制が増えています。しかし、これは単なるEUの規制トレンドではありません。
その背景には、より大きな変化があります。製品データは今や、物流、品質管理、認証と同じように、市場アクセスに不可欠な要素になりつつあるのです。
製品データを確実に追跡・構造化し、共有できる企業は、次のようなメリットを得られます。
- 市場投入までの時間を短縮できる
- 長期的なコンプライアンスコストを削減できる
- 顧客やパートナーからの信頼を高められる
- よりレジリエントなサプライチェーンを構築できる
バッテリーパスポートの義務化まで残り1年となり、その方向性は明確になっています。しかし、これは製品をめぐる、より大きなデータ活用への道のりの第一歩にすぎません。
デジタルプロダクトパスポートとは?
パスポートに本人確認や渡航に関する情報が記載されているように、デジタルプロダクトパスポート(DPP)は、原材料の調達や製造から製品の使用、そしてライフサイクル終了まで、製品とそのライフサイクル全体に関する情報を記録する安全なデジタル情報基盤です。
EUの規制上の枠組みでは、その概念は持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)に端を発しており、現在ではさまざまな製品分野の個別規制へと広がりつつあります。
たとえば、ELV規則(EUの使用済み自動車規則)案では、デジタル・サーキュラリティ・ビークル・パスポート(DCVP)の導入が予定されています。また、重要原材料法(Critical Raw Materials Act)では、永久磁石について、消えにくいラベルとデータキャリアの導入が規定されています。
製品や分野によって異なりますが、記録される情報には、以下のようなものが含まれます。
- 材料の組成と原産地
- カーボンフットプリントや環境性能
- 修理可能性に関する情報
- 再生材の含有率
- サプライチェーン上の事業者や加工工程

しかし、こうした変化を主導しているのはEUだけではありません。
中国では、新エネルギー車(NEV)用バッテリーを対象としたデジタル・アイデンティティや国家レベルのトレーサビリティ基盤の整備が進められています。一方、日本では「Ouranos Ecosystem」を通じて、自動車やバッテリーのサプライチェーンをまたぐ相互運用可能なデータ共有の取り組みが進められています。
さらに、別の方向からも対応が求められています。米国では、インフレ削減法(Inflation Reduction Act)が、クリーンテックやバッテリーに関する主要なインセンティブを、サプライチェーン上の条件を検証できることと結び付けています。また、以前から存在する紛争鉱物の開示規則では、企業に対して、製品に使用される特定の原材料の原産地を追跡し、報告することが求められています。
規制のアプローチはそれぞれ異なります。しかし、行き着く先は同じです。欧州とつながるグローバルなバリューチェーンで事業を行うには、構造化された製品データが前提条件になりつつあります。
なぜ今、この話が企業の注目を集めているのか?
バッテリーパスポートは、この考え方を大規模に実装する最初の取り組みです。
2027年2月以降、EU市場に投入されるバッテリーには、サステナビリティやサプライチェーンに関する検証済みの情報を記録したデジタルパスポートの搭載が求められます。しかし、バッテリーはあくまで出発点にすぎません。
今後数年のうちに、この考え方はさまざまな製品分野へと広がっていく見込みです。今後導入される新たな「サーキュラーエコノミー法(Circular Economy Act)」や「EUプロダクト法(EU Product Act)」によって、製品の設計、販売、規制のあり方にトレーサビリティがさらに組み込まれ、より多くの製品分野へとトレーサビリティ要件が拡大すると考えられています。
もちろん、近年の企業活動を振り返れば、規制のスケジュールが変更されたり、一部の要件が延期されたりしてきたことも事実です。最近の規制簡素化をめぐる議論や、オムニバス(Omnibus)によるスケジュールの調整があったとしても、全体的な方向性は変わっていません。
延期によって変わるのは、企業がいつ対応する必要があるかであって、対応する必要があるかどうかではありません。そして、この変化は規制面だけのものではなく、経済面でも重要な意味を持ちます。
もちろん、すべての課題が負担だけをもたらすわけではありません。デジタル・トレーサビリティへの移行は、数十億規模の資金によって積極的に支援されています。RESourcEUやBattery Boosterといった最近の取り組みでは、デジタル製品データ、重要原材料のモニタリング、レジリエントな産業バリューチェーンに対して、大規模な資金が投入されています。
レジリエンスこそが、これらの取り組みに共通するテーマです。
- サプライチェーンの供給途絶に対するレジリエンス
- 地政学的な不確実性に対するレジリエンス
- 規制変更に対するレジリエンス
- 市場の変動に対するレジリエンス
企業にとって、トレーサビリティへの投資は、こうしたレジリエンスを事業運営そのものに組み込むための手段になりつつあります。
早期に取り組む企業は、次のようなメリットを得られます。
- 規制対象市場、特にEU市場へのアクセスを迅速化できる
- コンプライアンスや監査にかかるコストを削減できる
- 顧客や行政当局からの信頼性を高められる
- サプライチェーン上のリスク管理を強化できる
- 将来の規制改定に迅速に対応できる
信頼性の高い、構造化された製品データを提供できる企業は、調達プロセス、通関手続き、規制上の確認、顧客のオンボーディングなどを、よりスムーズに進められるようになります。
これから先、問われるのは「自社製品をトレーサブルにできるか」ではありません。「そもそも自社のビジネスは、データドリブンな市場で事業を展開できるように構築されているか」が問われるようになるでしょう。

