❗更新: 本記事の公開後、インフレ抑制法(IRA)による米国のクリーンエネルギー政策は一部で見直しが行われました。2025年半ばの時点では、再生可能電力、電気自動車、家庭の省エネ改修、「ダイレクトペイ(直接支払い)」助成金といったIRAの目玉となる制度の多くが凍結されたり、前倒しで縮小・終了に向かったり、別の用途に資金が回されたりしています。また、外国製部品を対象とする新たな適格要件も導入されました。特に影響が大きいのは、ダイレクトペイ制度やEPA(米国環境保護庁)が管轄する助成金、未使用資金に依存するプロジェクトです。一方で、一部の税額控除や製造業向けの優遇策は引き続き利用できますが、こちらも期限が前倒しされ縮小傾向にあります。IRAそのものが廃止されたわけではなく、全面的な撤廃の可能性も低いものの、資金の選別的な配分や規制の調整により、新規クリーンエネルギー事業を取り巻く環境は以前よりも限定的かつ不透明になっています。そうした中で、カリフォルニア州やニューヨーク州のように気候対策に積極的な州のプログラムが引き続き主導的な役割を果たしています。
世界的な脱炭素化の潮流とともに、企業を取り巻く規制環境も急速に変化しています。
米国では、「インフレ抑制法(IRA)」の下、クリーンエネルギーやバッテリーの持続可能性を後押しする大型インセンティブ制度が整備されつつあります。一方、欧州では「EUグリーンディール産業計画(GDIP)」や「欧州バッテリー規則」など、厳格な法規制によって持続可能な市場構築が進んでいます。
同じ「持続可能なサプライチェーンの構築」を目指しながらも、米国と欧州では根本的に異なるアプローチを取っています。
- 米国のIRAは、補助金や税額控除といった経済的インセンティブによって、国内投資やサステナビリティの促進を図る仕組みです。地産地消や現地調達の比率も重視されます。
- 一方で欧州の規制群は、法的拘束力のある要件を通じて、企業に対し透明性やトレーサビリティ、デューデリジェンスの徹底を求めています。
本記事では、IRA、GDIP、欧州バッテリー規則という主要な枠組みを比較し、グローバルに事業を展開する企業が、両市場に対応するトレーサビリティ戦略をどのように構築すべきかを整理します。さらに、1つのトレーサビリティシステムがGDIPの要件と電池の透明性を同時に支援する可能性についても紹介し、業務の複雑性やコンプライアンスリスクをどのように軽減できるかを探ります。
共通の目的と異なるアプローチ
米国と欧州は、ともに環境負荷の少ない透明性の高いサプライチェーンの構築を目指していますが、その進め方は大きく異なります。

端的に言えば、米国のIRAは、調達要件を満たした企業に報酬(補助金や税控除)を与える仕組みであるのに対し、欧州の規制は、要件を満たさない製品や企業に対して制裁を科す仕組みです。米国が「アメ」(投資を呼び込むインセンティブ)を使うのに対し、欧州は「ムチ」(法的義務、デューデリジェンス報告、市場アクセス制限)で対応しています。
こうした違いを正しく理解することが、両市場に対応したコンプライアンス戦略を立てるうえで重要になります。
IRAがサプライチェーンのトレーサビリティに与える影響
2022年に成立したIRAは、米国の気候産業政策の中核として急速に存在感を高めています。再生可能エネルギー関連の投資に対して3,700億ドル以上のインセンティブが用意されていますが、これらの支援には厳格な条件が課されています。特にバッテリーや電気自動車のサプライチェーンにおいては、調達先の明確化や原材料の原産地要件など、詳細なトレーサビリティが求められます。
IRAにおける主要な要件
最大で7,500ドルのEV自動車向け税額控除を受けるためには、車両が北米で組み立てられていること、さらにバッテリー材料の多くが米国またはその同盟国から調達されていることが条件となります。
2025年以降は、バッテリーに使用される重要鉱物が「懸念される外国勢力」、すなわち中国、ロシア、北朝鮮、イランなどから調達されたものであってはなりません。また、原材料の調達・加工については、検証可能で追跡可能な記録と監査可能な文書が必要とされます。
このような要件により、バッテリーメーカーやOEMメーカー、鉱物供給業者には、安全で透明性のある調達体制の構築が強く求められています。数十億ドル規模の補助金をかけた競争の中で、多くの企業が「バッテリーのトレーサビリティはもはや不可欠な経営課題」であると認識し始めています。
IRAは、米国のグリーン産業戦略の柱であり、EV、バッテリー製造、クリーンエネルギー技術に対して多額の税控除を提供する制度です。
欧州グリーンディール産業計画(GDIP)がクリーンテック製造の成長を後押し
米国のIRAが財政的なインセンティブを中心に構成されているのに対し、欧州の「グリーンディール産業計画(GDIP)」は、資金支援と規制改革の両面から、ネットゼロ産業における欧州の競争力強化を目指しています。
GDIPは、2023年に発表され、IRAやグローバルなクリーンテック競争への対応策として位置づけられています。欧州域内でのグリーン製造の拡大と、脱炭素社会における産業的主導権の確保を目的とした戦略です。
GDIPの主要な柱
- ネットゼロ技術に関する許認可プロセスの簡素化
- 国家補助ルールの柔軟化(欧州域外の補助金に対抗できるよう各国が対応可能に)
- イノベーション基金やInvestEUなどを通じた資金アクセスの強化
- 将来的な**欧州主権基金(European Sovereignty Fund)**による域内投資の拡大
GDIPが重点を置く産業分野
- 太陽光・風力などの再生可能エネルギー
- バッテリーと蓄電技術
- ヒートポンプ
- 水素製造
- 炭素回収・利用・貯留(CCUS)
- 重要原材料の確保と加工
GDIPは、特定の製品規制ではなく、欧州産業の競争力を高めるための包括的な産業戦略です。気候目標と産業政策を整合させ、域外サプライチェーンへの依存度を減らすと同時に、クリーン技術の市場投入を加速することを狙っています。
エネルギー、製造、素材関連の企業にとって、これは規制の緩和、資金支援の拡充、欧州移行経済への参画といった、重要な機会の到来を意味します。
今こそ、自社の技術開発や製品群がGDIPの重点分野に合致しているかを見直し、EU市場での戦略的な立ち位置を検討するタイミングです。
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